ウェンディ・ミッチェル, 宇丹 貴代実: 本
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日本から
のんびり読書
5つ星のうち5.0 本人や家族も、認知症と診断されると終末の状態を連想して「もう終わりだ」と思いがちだが、本書は「終わりではありませんよ」と勇気づけてくれる。
2020年8月11日に日本でレビュー済み
著者は、シングルマザーとして娘2人を育て、バリバリ働いていた50代後半の2014年、若年性認知症と診断されて目の前が真っ暗になる。しかし、診断から10~15年経ってもちゃんと話ができている人々がいることを知って勇気づけられ、少しでも認知症の進行を遅らせようと、親孝行な娘たちの世話にもならず、自立して日常生活を送ろうとする。
症状は徐々に進行し退職を余儀なくされるが、認知症患者支援啓蒙活動に参加したり、日々の暮らしをブログに綴ったりすることで、患者やその家族の力になれることに生きがいを見出している。(著者のブログを見てみると、2020年8月も続いている)
例えば、物忘れするので、ITデバイスのアラーム機能で食事などやるべきことを思いだすように工夫する。道も忘れてしまうから、講演先に行くのに、あらかじめ目印になる写真をプリントアウトしておいて一人旅行までする。すごい。
認知症は徐々に進行するものであり、すぐに介護なしで何もできなくなるわけではない。そういう意味では「診断後にも人生がある」のであり、患っているのではなく、「(認知症を)抱えて生きている」のだと著者は言う。
症状は患者それぞれで、著者の場合、会話には不自由するものの、書き言葉はかなりちゃんとできるらしい。「たとえ口ではうまく表現できなくなっても感情は残っている」というのは我々が忘れがちな点である。
人生100年時代となると自分だっていつなるかもしれない。本書の内容を、夫婦お互いに知っておきたいと思う。
読者の理解が深まることで、静かに勇気づけてくれる感じの本です。おススメ。
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レポート
名無しのレビュワー
5つ星のうち5.0 認知症の「始まりの時期」における苦悩を教えてくれる
2020年7月16日に日本でレビュー済み
56歳で認知症を発症し58歳で診断を受けた女性の手記。
「認知症には始まりがある」という彼女の主張にハッとさせられる。もの忘れを訴えて精神科の診察室に連れてこられる(そう、今のところ、本人自らもの忘れを心配して来院することは稀だ)人は、たいていある程度進行してしまった認知症である。そんな彼らにも、認知症の「始まりの時期」があったはずで、その期間の辛さや戸惑い、苦しさ、羞恥、居たたまれなさ、そういうところにもっと目を向けねばならないと感じた。
認知症の患者さんの記憶と感情に関する例え話も印象深い。
認知症の人の記憶力は安物の本棚で、手を伸ばせば届く上の段には最近の記憶がある。肩の高さには50代のころの記憶、膝の高さには20代の記憶、といった具合に下がっていき、つま先のところに子ども時代の記憶がある。認知症があると、この本棚がぐらつき、最上段の本から真っ先にこぼれ落ちて、他の段の本とごちゃ混ぜになってしまう。
いっぽうで感情の本棚は頑丈で、認知症がこの本棚を揺すっても、中身は長い期間を無事でいられる。家族や友人と会ったことや、彼らの名前と顔を忘れても、親愛の情は残り、安心感と幸福感を抱く。
とても素晴らしい内容で、多くの当事者や家族に勇気と理解を与えるはずだ。
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レポート
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Sejin-nim, unfortunately, Wendy Mitchell's second book, <What I Wish People Knew About Dementia>, has not yet been translated into Japanese, so there are virtually no reviews from Japanese readers for that specific title.
However, her first book, <今日のわたしは、だれ?> (Somebody I Used to Know), has been widely read and reviewed in Japan. Since the writing style and themes (sensory experience, using technology, maintaining independence) are consistent between the two books, the Japanese reaction to her first book will give you a very good idea of how her perspective is viewed there.
Here is a summary of the reviews and reactions from Japanese readers regarding her work, based on the first book.
Review Summary: Japanese Readers' Reactions
1. "Nothing" vs. "Something" (Breaking Stereotypes)
多くの読者が、認知症になったら「何もわからなくなる」「何もできなくなる」と思っていたが、この本を読んでその偏見が覆されたと語っている。彼女がiPadやアラームを駆使して生活をコントロールする姿に、「工夫次第でこれほど自立できるのか」という驚きと感銘の声が多い。
2. Understanding the "Sensory World" of Dementia
家族に認知症患者を持つ読者からの評価が特に高い。幻覚(床の水たまりや霧)や、聴覚過敏(突然の大きな音の恐怖)といった感覚的な描写に対し、「なぜ親があのような行動をとるのか、ようやく理解できた」「彼らの見ている世界が少し怖くなくなった」という安堵の感想が目立つ。
3. The Dignity of "Asking for Help"
日本の文化では「人に迷惑をかけないこと」が美徳とされるため、彼女が「助けを求めることは弱さではない」と説く姿勢に勇気づけられる読者が多い。「できないことを認めて、堂々と助けを借りる」という彼女の態度は、日本の介護現場や当事者にとって新しい視点として受け入れられている。
4. Fear and Hope Coexisting
「明日の自分が自分でなくなる」という恐怖を隠さずに書きながらも、それでも「今日」を楽しむ姿勢に、単なる闘病記以上の哲学的・文学的な価値を見出す読者もいる。
Key Takeaway for You
While Japanese readers haven't read the specific "Advice/Tips" format of the second book yet, they have already embraced Wendy Mitchell as "the person who translated the world of dementia for us." They view her work not just as a medical memoir, but as a guide to understanding the humanity remaining behind the diagnosis.
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